親が死ぬということ22 死を意識した日

★☆★ 死を意識した日 ★☆★

出張先の仕事がなかなか終わらなく、ダッシュしていけばなんとか面会時間ギリギリに間に合う時間になっていた。

昨日は父がいろいろと話をしたそうだったので、面会時間ちょい過ぎまで病室にいました。帰り出口まで行くと鍵が閉められていて一瞬「どうしよう」と悩んだ。たまたま近くに病院の人がいたので鍵をかけてもらった。

昨日は元気がよかったので、今日も調子がいいだろうなと思いながら、病室に向かうと病室の扉が少し開いていた。なんだか嫌な予感がしながらドアをノックして中に入る。いつもなら父が小さな目を一所懸命にぬわぁと開けて「お前か」といって向かい入れてくれる。が、今日はどうやら状況が違う。いびきのような感じの音だが、息を吸い込むのにつらいような音がする。私は昔喘息もちだったので息を吸うときに詰まるようなそんな音がしていた。父は癌によって気道が狭くなっている。昨日話をした時に「息を吐き出すのはできるが、吸い込むのが辛い」と言っていた。また、寝れないとも言っていたが、今日は眠っているようだった。寝れないと言う時にせっかく寝ているので声をかけずに病室を後にした。

父の病室を出た後に祖母の家に行った。祖母の家に入ると祖母は布団に入り横になってテレビを見ていた。祖母は耳が遠くなっているので、家の中に入っても気がついてくれない。かなり大きな声で「こんばんは」と言うとやっと気がついてくれる。「お父さんのところに行ってきたけど、寝とった」というと「朝から調子が悪くて何を言っても辛そうだった」。今日寝ていたのは病状が悪化したのか、ただ単に疲れて寝ているのか分からないが、いや分かっている、そろそろお迎えが来るのを意識しないといけないか、そういう時期がきたのかと感じた。

私が来た時はいつも元気に話してくれる父だった。しかし、こういう状態を見てしまうともしかしたら、いやもう最後かもしれないと、心の中でそんなこと考えてはいけないと思いながらも悪い方向に考えてしまう。もし最後になったらあの時何も言わずに病室を後にしたことを後悔するかもしれない。祖母の家で時計を見ると5分ないくらい面会時間が残っている。もうダッシュで病院に向かった。

なんとか病院内に入り病室に入る。父の苦しそうな寝息がたまにとまる。私の心臓まで止まってしまいそうだ。唇をみるといつもより青白くなっているような気がした。父に「じゃあ帰るね、また来るね」と言って病室を後にした。

病院を出て母へ電話した。「今から行く」と。病院から母宅へは歩いて向かう。いろいろ考えた。あっ!もう一言言っておかないといけないことがあった。「ありがとう」。でもこの言葉を言ったら本当に最後のような気がして言いたくても言えない。照れもあるかもしれないけれども、父の病状が悪化し入院してからいろいろと話してきていろいろと考えてくれていたんだと思った。いろいろと過去あったが最後は感謝の言葉をかけてあげたい。次回父の元に来れるのは3週間後、それまで、いやそれ以上行き続けて欲しいと思う反面、これからどんどん呼吸が苦しくなってくると思う。自分が喘息の時にはこんな苦しい思いをするのならば死んでしまった方がいいと考えたこともあった。これまでの父の思いを聞くと苦しくてもなんとか孫のために生き続けたいと思っているので、苦しくても孫のことを考えれば耐えれるのではないかと思った。

今日父が調子悪くなったのはもしかしたら昨日長女へ電話したのが原因なのかもしれないと思った。本当にそんなことがあるわけないと思うし、長女には知られたくない考え方だ。それは前回も書いたように、長女の誕生日に手紙を書けなかったことを後悔して謝りたかったようだ。そいうことなので電話をかけて長女と話をさせた。次回次男の誕生日と一緒に送ると言っていたので、それまでは生き続けるのだろうと思っていた。それは逆で長女に謝りたいその思いで昨日まで耐えてきたのかもしれない。真実はどうか分からないが、どうしてもこんな風に悪い方向に考えてしまった。