親が死ぬということ5 過去直面した死

もしかしたら、私は「人が死ぬ」ということは理解できない脳内構造なのかもしれないと感じている。私が過去死と向かい合った時の話を振り返ってみる。

私のジジババは3人だ。父親方のジジは、戦争で死んでしまったため顔も名前も知らない。私の父も父の顔を知らずに育ってきたのだ。現在生きているのは、父の母のみで90を超え足腰弱っているものの元気に生活している。

最初の死に直面したのは母の父、祖父である。祖父の死因は老衰である。いくつでなくなったのか記憶は定かではないが、老衰ということなので大往生したのだろう。その時の私の年齢は中学二年生だった。入院している時にお見舞いに行った記憶があるが、その時に自分が何を考え何を感じたのか全く記憶にない。

祖父の思い出と言えば、自宅に尋ねた時に、金色の鹿だったか?そういう形の貯金箱から50円玉を数枚出して小遣いとしてくれていた。その貯金箱には50円玉しか入っていない。なぜその貯金箱に50円玉しか入っていないのか、今となっては素朴な疑問でもう答えはわからないだろう。一つだけ答えがあるとすれば、うちの祖父が変な祖父だったから。葬式の時に皆口を揃えて言っていた。

「やることなすこと突拍子もない、行動が予測不能だ。変な人だった」

私が変なのは、こんなDNAを引き継いでいるからだ。こんな自分に誇りを持って生きようと思った瞬間だった。

さてその時の葬式だが、全く悲しいとかそういう気持ちはなかった。涙をながすことすらなかった。自分が冷たい人間だと薄々思っていたが、やはりそうなのかも知れないと思った。

祖父が死んで、自分が冷たい人間であることを認識し、更に変な自分に誇りを持って生きようと思った。

その後母の母は癌でなくなった。遠い地に転勤しているせいなのか、親戚の死に直面せず、亡くなって時間がたって連絡があるばかりだった。母の母、祖母の葬式や墓すら教えられていない。墓は多分ないと思う。

ここまで書くと、親が割り切っているように書いているが、実際のところ私が親戚の死に直面することから逃げているのでははいかと疑問を感じる。ほとんどの親戚の死は亡くなったあとに聞かされている。遠く離れているので負担をかけさせまいという親心からきているのだろうか。