親が死ぬということ26 最終回 

★☆★ 葬儀の後で ★☆★

我々は祖母宅へ戻った。簡単ではあるが祭壇の準備をした。その日と次の日、嫁は祖母宅に泊まった。いつもながらに悪いなあと思うがここは甘えさせて頂くしかない。ここ2日間はいいが我々帰った後祖母のことが非常に心配だ。あとは出張で来る度に顔をだして様子を見るしか今のところ思いつかない。

ひとつ悔しいことがある。書くかどうか悩んだが、言うのも言いづらいので書くことにした。親戚や周りの人から、弟に対して「お父さんに似ているね」と言っていた。たしかに私もそう思う。父はしっかりしたガタイだったので、今の弟と似ているように見えるらしい。私はキャシャな体格なので弟とは正反対の体格だ。そう言われる弟を見てうらやましい、いや悔しい思いがある。若い時はそう言われて嬉しいよりも照れくさくて、嫌だと言っていたかもしれない。実際に私の子供は私に似ており、多々親子だねぇと言われる。子どもや嫌だというが、私のDNAが作り上げたものだから似て当然だ。親からするとそう言われると非常に嬉しい。

葬式当日の夜、弟は一人になると寂しいので一緒に泊まると言った。私には嫁がいて子供がいて日頃から支えあう人がいる。弟は日頃から父の近くにいて、それがポッカリと穴が開いたのでツライと思う。しかしその辛さ100%受け止めることは不可能だが、残された兄弟二人、お互いにしか分からないこともあるので支えあって進んでいこうと思う。帰りの新幹線の中、トイレに行って用を足している時ふと寂しい感じがする。一人だとこんな感じが続くのかと思うとちょっと怖い。

葬式の翌日、弟は体調を崩した。どうやら無理をして風邪をひいたようだ(後でインフルエンザ確定)。私はいたって低位安定の状態だ。弟が病院に行っている間、銀行周りをしてきた。少額で銀行が数件あると面倒しい。どうせなら全部使ってから逝ってくれればいいと思った。その後弟と区役所を回ったが、沢山の課を回って書類を書かなければならない。面倒なので「死亡課」なんか作って一箇所で手続きが出来ればいいと思った。オンラインで全てつなげてしまってシステム化すればそれなりにコスト削減できるのではないかい。

私にはまだ父がこの世にいないという実感が生まれてこない。おそらくふとした瞬間に実感がわいてくるのだろう。一人になると、何と表現したらいいのかわからないが、いらんことばかり考えて気が滅入ってくる。弟にしろ祖母にしろ私より一人になる時間が多いので、考えるなというのは無理かもしれないが前に進んで行って欲しいし、私も前に進んでいく。誰もが通る道であり、超えられない試練は神様は与えないのだから。そして父が他界して最後に残していったものは、残されたものの絆が深めていったと感じた。

父がなくなったことによって、弟は私よりもしっかりして、嫁は今まで思っていた以上にいい嫁だ。どんな風に書いたらいいのか分からないが弟と嫁に対しては、今までにない側面を見せられた。その反面自分という人間が一人では如何に無力かということも実感した。

まだまだ書きたいことはありますが、この回をもって「親が死ぬこと」連載は終了にいたします。

長期に渡る連載となりましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。