親が死ぬということ19 母を連れて病院へ

★☆★母を連れて病院へ★☆★

用がある日に限って仕事がなかなか終わらない。どうやって打ち切るかを考えるばかりだった。途中弟から電話があった。弟は忙しくてその日も忙しいので病院には行けないという話だったが、早く切り上げたらしく先に父の病院に行くとの内容だった。ひとまず長い会議が終わり即飛び出し母に電話した。「今から行くから」その一言だけである。病院までの足を確保するため、はじめはタクシーでいこうとも考えていたが、ここは弟を呼び出した。

母宅に向かうと母は家の外で待っていた。どうやらその日の昼のうちに叔母と父の病院にお見舞いに行っていた。その時の話を聞くと父は泣いて喜んでいたらしい。私がそれはないと思うと完全否定すると、「叔母に聞いてみて、お父さんはあんたたちには言えないこともあるんだよ」と言われた。またいつものことながら話が一致しないのである。そういうことなのでまた夜も私とお見舞いにいくことにしたのである。

弟がやってきて車に乗り込んだ。微妙な空気が流れている。家族の間でこんな空気が今まであっただろうか?はっきり言って耐え切れない空気の重さであるが、ここは母それなりにしゃべっていた。

なかなか聞き取りにくい部分もあったが、母は離婚の原因になったことを父に謝りたかったようだ。昼間来た時にはその件を謝った。父としては謝ったことに対して許しはしたものの、その原因については事実なので消えることはないと言った。前に父から母を甘やかせ過ぎたと反省していた。甘やかせることが愛情だと思っていた。そう思っても後も祭だ。もしかしたら「甘やかすことは愛情ではない」ということに気づいたのは私のが早かったのかもしれない。とはいえそれを実行することは非常に難しいということも実感している。

病院に着き私と母だけが病室に入って行った。弟は気を利かせてか病室に入ることはなかった。母はいつものように明るく父に話しかけていた。父は辛そうにしていたのが分かった。父と母が話しているのを見たのは私の結婚式以来である。父が重い口を開いた。

「もう来ないでくれ」

一瞬涙が出そうになった。今まで積み上げてきたものが一気に崩れ落ちていった、そういう感覚に陥り倒れそうになった。それよりも母のことが心配である。母の内心はどうなのか分からないが、辛いのではないかという思いと、割り切りのできる母なのでそれなりに受け止められているのではないかという考えもある。いずれにしても人の心は分からないのである。父が我々には偽りをもって接していないことが分かった。とはいえ、本心は分からない。本人にも分からないことがあるだろう。口から出た言葉をそのまま信じるしかないと思う。

「いい子供を2人育てられてよかったね」と二人はいい病室を後にした。我々兄弟にとって救いの言葉だ。

帰りの車の中で何かあったら叔母に電話するようにと母が言った。叔母は葬儀を経験しているので葬儀屋での値切りは分かっているのでということを言っていたが、弟は「金のことは心配しなくていい」と言った。この裏には文章では書けないドロドロした因縁が潜んでいるのである。